何かを書きとどめておこうと思ってわすれた。
『何を書こうと思ったんだっけな~』と思って、とりあえず、ブログの投稿画面を開いてみた。
さっぱり思い出せないなぁ、そういえば、今読んでいる認知科学の本で人間の記憶に対する記述があったので、そのことを書くことにした。
書き始めて思い出した。
『あ、そうだ、人間の記憶に関することを本で読んだからそのことを書こうと思ったんだった』
まさに、これが人間の記憶の仕方のひとつで、人間には記憶の仕方には数パターンあり、ひとつが「関連付けること」もうひとつが「機械的に記憶すること」だそうだ。
「関連付けること」には理由が必要で、たとえば、家のリビングの電気のスイッチで言うと一番上が手前の電気、真ん中は真ん中、下は奥といういう風に配線してあると、すんなり覚えやすい。
これは「自然な関連付け」であり、自然な関連付けはすんなり記憶にとどめやすいという例だ。
一方で、ただひたすらに機械的に覚える。これは反芻したり繰り返し使うことによって記憶される。反芻を繰り返さなければならないものというのは「自然な関連付け」に乏しく人間にとっては記憶することが難しいこのでもあるらしい。
具体的な例を挙げると、電話機の「外線はゼロ発信」だ。内線ボタンがあるのに外線ボタンはないとか、ゼロを押すと外線というのは常識なのかもしれないが、その電話機によって違う可能性がある。明確に「外線」というボタンを用意することにより、視覚的な認知ができるので、記憶をしなくても間違えない。
インターフェース的に内線の隣に置くか、押し間違いを避けるのであれば、真逆に配置するというのもいいかもしれない。
といった具合に、「記憶」は「自然な関連付け」によりすんなりと記憶され、インターフェースは使うときに記憶していなくても使える、あるいは学習が容易(自然な関連付けにより記憶しやすい)であるというのが使いやすいデザインだといえる。
さて、書く内容は思い出せたのだけれども、果たしてこれが書きたかった内容だったのかは定かでない。こういう場合はどうしたらいいのだろうか。。 
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